抵抗

“小さな抵抗こそが希望になる”というテーマで不定期に記事を書いています。

心得

今年の梅雨は例年にも増して長かった。果てなく続く雨に気が滅入ったが、豪雨災害に今年もまた襲われた西日本各地ではそれどころではなかった。幸い、私の実家がある滋賀県や、私が今住んでいる名古屋では大きな災害の被害は免れた。災害された方々に心よりお見舞い申し上げます。

 東日本では七月の後半よりようやく太平洋高気圧がやってきて、青い夏空が広がった。夏の到来を多くの国民が待ち望んでいたが、10月に入った今でも、いまだ夏並みの暑さが続いている。気候変動の影響が、年々、強く感じられるようになってきた。ヨーロッパでもこの夏、記録的猛暑が続き、最高気温が次々に塗り替えられている。イタリアでは国内の各地で観測史上最高気温を塗り替え、フランスではその影響を受け、作物が育たなくなっている。

 気候変動こそ、大問題である。子どもたち、その次の子どもたちが健やかに暮らせる惑星であってほしい。スウェーデンの少女の訴えは瞬く間に各国に飛び火し、世界各地で環境保護を訴えるデモが行われている。経済成長だけが自己目的化した政治を根本的に転換する契機になる最後の機会かもしれない。

 未だ多くの人は環境保護と経済成長は強い関係があると考えている。環境保護を強化すると経済成長が止まってしまうという主張である。一見、二酸化炭素排出を削減することは多大な経済的損失を覚悟しないとできないことのように思われるが、現在、世界経済が縮小に向かっているのは、環境保護をしているからではない。言わずもがな、環境保護などあまり考慮されていない。世界経済が縮小しているのはネットエネルギー産出が減少しているからで、実際2016年に世界のエネルギー生産はピークアウトしている。石油や石炭、天然ガスを燃やして経済成長ができるなんて1980年年代までの話である。嘘だと思うのなら、ベネズエラの事例を見てから言うべきである。

 そうした世界的な動きを考えると、今回の参議院選挙で、気候変動対策が全く議論されなかったのは、ただ遺憾という以上に、異常と言うべきだろう。日本は世界で第五位の二酸化炭素排出国であり、国際社会において相応の責任を果たすべき位置にあるはずなのだ。日本人はあまりにも気候変動に鈍感なのだ。呆れて物も言えないが、現与党および政府は、気候変動対策を口実として原発再稼働を推し進めようとしているが、3・11の責任に頬かむりをし、東京電力などのゾンビ企業を生かし続ける政策が日本経済の衰退の一因となっている。

 気候変動の影響は今後、あらゆる国と地域で顕在化してゆく。その時になってはじめて対策を始めるのであればそれは後の祭りである。そうならないために、自分も含め、一人一人が今、地球保護のためにできることをしてゆくべきである。

 

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