抵抗

“小さな抵抗こそが希望になる”というテーマで不定期に記事を書いています。

加速の立役者

 

 久しぶりにみたテレビ、小学生の夏休みの課題特集があった。大豆の苗を学校から持ち帰った子どもは夏休みを使って大豆を育てるのだという。数日経って発芽し、そこから大豆はみるみると成長した。それを見守る子どもの側もみるみると成長していく。「そんなに急いで成長しなくてもいいんだよ」って思わず言ってしまう。

 成長という言葉が持つこのポジティブな含意が、「脱成長」を議論する際に共鳴を阻む要素となっているかもしれない。だが、提唱者の一人であるセルジュ・ラトゥーシュ氏によれば、「脱成長」は「何よりも、支配的な生産力至上主義の秩序に対する奴隷と惰性化した合意を打ち破ることを目的として」おり、「生態学的にみても社会的にみても持続不可能な消費社会に代る本当のオルタナティブの構築を望む全ての人々を紡ぐ合言葉」である。

 世界各地で気候変動による驚異的な報告が相次いでいる。イタリアでは、シチリア島のシラサクで8月の平均を20℃以上上回る48.8℃を記録した。これまでの欧州最高気温記録は、約半世紀前にギリシャアテネで記録された48.0℃だから、それを1℃近く上回る高温である。正式に欧州記録となるには、世界気象機関による判断を待たなければならないが、どうやらイタリアという国は人も空気も熱いようである。

 トルコには中東のウユニ塩湖と称されるトゥズ湖がある。トゥズ湖は「映える」だけではなく、その高い塩分のおかげで渡り鳥の理想的な繁殖地となっていて、フラミンゴは毎年1万羽も孵化する。しかし今夏はこの生物の楽園で、地獄のような光景が見られた。干上がってひび割れた白い湖底には、羽と骨だけのフラミンゴの死体が無数に横たわる。孵化したばかりの5000羽のヒナも全て息絶えた。近年は農業用の灌漑によってトゥズ湖の水量は減少しているというが、今年の異常な天候が拍車をかけることとなった。

 シベリアでは未曽有の森林火災が発生した。世界遺産であるレナ川の柱群にも炎が達し、岩が赤々と燃えた。春から続く高温と極度の乾燥が原因で、火災による焼失面積は日本の国土の4割超におよび、同じく記録的な山火事が起きていたギリシャ、トルコ、イタリア、アメリカ、カナダのすべての森林火災の面積を足しても追いつかないほどだという。山火事の煙は3000キロ離れた北極にも達し、史上初かもしれないとNASAは目を丸くした。

 このように気候変動は、根拠の薄い政治的SFでもなければ、原子力ムラの陰謀でもない。現在、私たちが直面している状況をリアルに考えれば、経済成長自体を目的化することは、かなり無謀かつ過激なイデオロギーといっていいのではないか。一定の消費活動の制限は、むしろ現時点であれば可能な、マイルドな内容と考えるべきであろう。気候変動が専門の真鍋淑郎氏がノーベル物理学賞を受賞したことは大変に喜ばしいことであるが、それと同時に真鍋氏の栄光は、我々に「もうこれ以上気候変動の脅威を矮小化するのはやめましょう」という最後の警鐘と捉えるべきではないか。

 今日を生きる我々の行動が気候変動にトリガーを引いたとは考えていない。しかし、われわれがそれを加速したことは明白であり、次の世代により重い負荷を継承しようとしている。テレビ越しで映る子どもが頑張って育てた大豆は、今は成長し収穫できるのかもしれない。それが永続的なものとはならない可能性がいよいよ現実化してきた。

 

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