抵抗

“小さな抵抗こそが希望になる”というテーマで不定期に記事を書いています。国連専門機関

発表を恐れると成長はできない

 

思えば、少し前まで大学院生をしていたこともあり、振り返ると、本当に学びに満ちた2年間だったと思います。その一方で、当時を振り返ると、あの時もう少し勉強しておけばよかった、もう少し色んな方と話しておくべきだった、そう思うのです。そんな私でも、これだけは頑張れたと胸を張って言えるとがあります。それは、「とにかく発表の機会を見つけては自分の研究を発表した」ということです。修士2年目には6つの異なるゼミに参加し、研究発表をさせていただきました。今回は私の経験を踏まえ、発表することの大切さを述べていきたいです。

 多くの方が勘違いをされていますが、発表は何も完璧な状態で行うべきものではありません。学生時代には、時間を見つけては周囲の院生たちに声をかけ、「研究の報告会を一緒にしない?」と頻繁に誘っていました。しかし、ほとんどの院生は「プレゼンはしたいが、今はできる状態にない」と答えるのです。では、その「できる状態」はいつ訪れるのでしょうか?。実は、「できる状態」というのは、永遠に訪れないのです。結局、人間は完璧ではないので、完璧を求めようとしても、そのような状態には永遠にならないわけです。とはいえ、完璧に近い状態までプレゼンの質を高めることができます。それは、「何度も発表しては、意見をもらい、それを持ち帰って内省する」ことです。

 人間は誰しも、できれば失敗は避けたいと思う生き物です。私も例外ではありません。当然、失敗をすると人並みに凹んでしまいます。研究発表で指導教官から厳しく論難された時には、家に帰る気力がなくなり学校で寝た夜もあります。エリート留学生に鼻で笑われたことも今でも脳裏に焼き付いています。それでも、毎回の発表の後には、なぜか思想に耽ることができ、自分の研究を見つめ直すことができるのです。俯瞰して自分の研究を見つめ直した時に、「ああ、なんでこんなことに気づかなかったのか」と認識するのです。私は、この「認識」は発表なくして得られるものではないと考えています。そして、この「認識」の回数は、発表の回数に概ね比例するものだと思っています。失敗を恐れて発表を拒絶し、「気づいた時にはもう遅かった」という思いだけは、するべきではないのです。

 繰り返し指摘を受けつつ、それでも日進月歩で前進を実感し、その結果、修士論文を提出の2ヶ月前に書き上げることができました。私の分野では修士の学生が学会で発表することは稀ですが、幸運にも発表の機会を得ることもできました。そして、発表を通して、多くの方達とコミュニケーションを取る機会にも恵まれました。失敗は確かに辛かったですが、それ以上のリターンを得ることができたと胸を張って言えます。

 成長するためには、失敗を経験しなければならないと思います。失敗をしない人間は、自分自身の限界に挑戦していないだけで、賢明な人間ではないのです。そのことに、卒業してから気付くようなことがあってはなりません。学生生活は有限です。一人でも多くの学生が、一つでも多くの失敗を経て、その後の社会で活躍されることを期待して、終わりにします。

 

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国際機関を目指す学生は修士論文を英語で書くべきか

こんにちは。

 

 今日は修士論文・博士論文を書く際、国際機関を目指す学生は英語で執筆すべきか、について私なりの意見を述べさせていただきます。海外で学位を取得する院生は当然英語での提出が求められるため、問答無用で英語になりますが、日本で学位を取得する場合は、どちらで執筆するのが良いのでしょうか?

 まず、修士論文に関するざっくりとした筆者の意見は以前別枠にて述させていただきました。今も当時と同じ考えを持っていますので、当時の記事を貼っておきます。

 

ogrenci.hatenablog.com

 

 前回の記事を一言で要約すると、「近年、修論の評価は研究手法を重視する傾向にあるが、修士の学生であれば、研究手法よりも、どれだけ多くの論文を読んだか(量の取り組み)、そしてそれらをどれほど綺麗に纏めることができたか(質の取り組み)、この点が評価されるべきである」というものです。この考えに至る理由は主に2つあります。1つ目は、膨大な既存の研究を無視して修論を執筆してしまうと、研究の潮流もわからないまま、客観性のない主観的で、学術的には相当価値の低い論文になってしまうからです。2つ目の理由は、研究手法というのは、既存の文献を読み漁る過程で理解していき、身に付けていくものだからです。ですので、文献レビューを蔑ろに、研究手法のみ拘泥すると、適切な研究手法の選定ができないのです。指導教員によっては「内容がきちんと纏まっていれば、修論は30ページでよい」と考える人もいますが、その考え方はよくないと思います。なぜなら、きちんと文献を読み漁り、それらを纏めるだけで、必然的に文字数は嵩んでいくからで、短すぎる論文は主観性が強くなってしまいます。

 さて、国際機関を目指す大半の方は文系だと思われますが、文系の領域だとほぼ全てにおいて日本人が先人を切って研究をしている分野はありません。そのため、文献レビューは多くの場合、海外で行われた既存の研究を読み漁るため、英語の文献を引用することになります。当然、英語で論文を書くのであれば、それらの引用を日本語に翻訳する作業が省けるため効率は良いと言えます。さらに、英語で論文を書くことで、長い目で見たときのキャリア形成に役に立つと思われます。特に、将来研究職を目指す方は、英語の論文を執筆しておくことは重要です。

 これらを踏まえた上で、筆者はあえて修論を日本語で執筆しました。当時から国際機関で働きたいと考えていたため、「もしかすると、将来の上司に論文を見てもらう機会があるのかもしれない。その場合、英語だと読んでもらうことができる」ということは当然考えていましたが、それでも日本語で執筆することにしました。以下、筆者が日本語で執筆した理由を述べていきたいと思います。

 

1: 質の高い修論を書きたかったため、英語での執筆を諦めた

 

 前述した通り、既存の研究は英語で書かれたものが大半です。一方で、既存の研究を引用する部分は全体の中で一部に過ぎません。そのため、日本語で執筆することで、全体的な執筆スピードは上がります。筆者は「混合研究法」と称される、質的調査と量的調査の両方を用いた研究方法で修論を書くことに決めていました。そのため、通常の修論よりも文字数が嵩み、時間もかかります。英語での執筆に拘泥することで、内容が疎かになるのではないかと考えました。納得のいく修論を書き上げたかったこともあり、日本語で書くことにしました。

 

2: 修論は重要、ただそれ以上に重要なものもあった

 

 修士課程の2年間は非常に短いです。そのため、どこに重きを置くのかは非常に重要な焦点になってきます。大企業に入りたい院生は1年の時からインターンに注力し、夏前まで就職活動にリソースを使いますし、博士課程に進みたい院生はきちんと授業に出席し、それ相応の修論を執筆することにエネルギーを注ぎます。筆者は国際機関に入るためにある程度のスキルが必要だと考えていたため、スキルアップに時間を割くことにしました。修論にも当然拘っておりましたが、どこかで均衡を取る必要がありました。英語ではなく日本語で執筆することにより、浮いたリソースをスキルアップの時間に使うことができたと思います。また、専門的な知識も身に付けたかったため、そうした学習時間を設けることができたことも良かったと言えます。何の専門性もないまま、卒業することだけは避けなければならないと考えていました。

 

これまで述べさせていただいたことを踏まえると、

 

ー日本の大学院で日本語で修論を書いた方がいい場合ー

・研究者を目指さない人

・実際の学びを重視する人

・そもそも就活のために院進した人

・日本語で納得のいく修論を書きたい人

 

ー日本の大学院で英語で修論を書いた方がいい場合ー

・将来研究者を目指す人

・相当英語力が高い人

・博士課程への進学を考えている人

・英語で論文を執筆してみたい人

 

 

 国際機関で働きたいと考えていらっしゃる方で、将来博士課程を検討されているのであれば、英語での執筆も良いと思われます。ただ、何のアウトプットもできないまま修士を卒業してしまうくらいであれば、日本語で修論を書くことでご自身のリソースを節約し、その分、インプット・アウトプットの部分にリソースを使うというのも、良いのではないかと思っています。

 

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消費税撤廃でも実質賃金は上昇しない

 

山本太郎氏の最大の主張に「消費税廃止」が挙げられます。ここでの公約にも「消費税を無くした6年後には、一人当たりの賃金が44万円上がる、初年度に物価が5%以上下がる」と明記されています。
しかし、消費税撤廃で大幅に物価が下落するということは、デフレが一層進むということを意味します。少なくとも、製品や原材料の在庫はその分だけ損失が発生します。さらに価格支配力が弱い中小企業が、消費税の減税をまるまる、消費者に還元するとします。しかし、価格の下落に応じて販売量が増えるかどうかはわかりません。長い間、多くの人々の賃金が下がり続けてきたので、依然として低価格思考を続けると、生き残りをかけて価格の引き下げ競争が起きます。そうなれば、賃金水準が上がるという保証はどこにもありません。販売量が増えなければ、これまで同様、非正規雇用や外国人労働者を増やすことで、企業は利益を確保する可能性が高いでしょう。
 一方、一定の価格支配力を持つ大手企業は、消費税の減税分の価格を引き下げなくてもいいかもしれません。さらに輸出企業は消費税の戻し税分がなくなるので、価格の引き下げは限定されます。仮に販売量が維持され利潤が上昇したとしても、それでも、企業が減税分だけ労働分配率を上げて賃金支払い分を増やすとは考えられません。実際、この間、法人税減税があっても、ずっと内部留保や配当を増やしても労働分配率を減らしてきたからです。それゆえ、この20年間、物価下落率以上に賃金下落率が大きくなり、あるいは賃金上昇率は物価上昇率を下回り、物価下落基調にも関わらず、継続的に実質賃金が下落を続けてきたのです。つまり、消費税減税の効果は、企業の行動次第によって大きく左右されるのです。そう考えると、消費税減税、または撤廃が物価を引き下げ実質賃金を引き上げて、内需主導で景気回復するというシナリオはかなり疑わしいと思います。

 

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国連職員には普通の人の方が多いのか?

こんにちは。

 

 今日は”国連職員には「有能な人材」ではなく「普通の人材」の方が多いのか”といった問いに対し、筆者の意見を述べさせていただきます。学生時代に指導教官から毎日のように「言葉の定義を明確にしろ」と言われてきた身ですが、今回はあえて言葉の定義化をせずに書いていきます。というのも、そもそも国連や国際機関での仕事と大企業での仕事では求められるスキルは当然異なる(同一の部分もある)ため、比較すること自体が難しいのです。ですが、今回は筆者自身の経験から実際の内情をお伝えできればと思います。今回俎上に上げるのは、国連機関の場合なので、国際機関ではないということだけ予めご認識頂ければと思います。

 

 まず、”学歴”について触れます。国連機関に入るためには大学院の学位を持っていないといけないと認識されている方がみられますが、実際は専門機関によって異なります。学部卒で入れる機関もありますが、昇級は難しく、専門性もないと判断されてしまうため、実際のところ学部卒が入るハードルは頗る高いです(不可能ではありません)。修士卒か博士卒かについては、当然、博士卒に軍配が上がるわけですが、修士卒だからという理由のみで選考で落とされることはあまりないように思います。ただ、コンサルで入る場合、また管理職になる場合は博士卒が断然に優先されるのは事実と言えます。先月、私の所属するセクターでコンサルを募集したところ多くの応募がありましたが、修士卒という理由のみで対象を除外しました。

 そこに付随して”卒業した大学名は重視されるのか?”について述べさせていただきます。最近、「大学名は重視されない、学位があれば良い」といった意見が散見されますが、結論から申し上げますと、その意見は一部正しいものの、ほぼ間違っています。国連機関にはサセックス卒が多い、この事実で自白なように、国連機関は学歴を基準に選定しています(機関によっては、学歴を点数化しているところもあります)。これはなぜかというと、「実力」のある人、「優秀」な人は、一般的に有名大学や入学難易度の高い大学に多いからです。国連機関が学歴を重視するというのは、単純に有名大学卒の卒業生を採用する方が「実力」のある人材に当たる可能性が高いというだけでそれ以上の理由はありません。JICAの職員も東大・京大卒が圧倒的多数を占めますが、その国際版だという考えるとイメージがしやすいと思います。実際のところ、国連機関で働くスタッフは米国のアイビーリーグや仏国のグランゼコール、英国のオックスフォードやサセックスといった、世界大学ランキングの上位に入る大学を卒業した方が多く働いています。

「大学名は重視されない、学位があれば良い」といった意見が一部正しい理由につきましては、広報やICTなど、頭を使って政策に関わらないポストに入るスタッフはそこまで大学名を重視されないからです(あえてこういう書き方をさせていただきます)。ですので、戦略的にこういったポストを狙うことは賢明だと言えます。国連機関の主な業務は上流と中流を扱い、”巷では”政策のプロ集団と言われていることもあり、頭を使える人材が欲しいわけです。そうした人材を選定する際に、学歴(大学名)が基準になるのは当然のことだと言えます。

 

国連機関には普通の人材が多いのか?

 

 上述した理由より、セクターによってその答えが変わってくると思います。専門的な知識やスキル等が求められるセクターでは、当然、有能な人材が多いと言えますし(戦略的に日本人のスタッフはこれらのセクターではなく、生き残りがしやすいセクターに部署を移す方もいます)内部のICTや広報などのセクターでは一般的なスタッフが多いのではないでしょうか。外資系コンサルのアクセンチュアなどは良い例だと思いますが、戦略コンサルに入るスタッフは非常に優秀な一方で、その他のコンサル部門に配属される方は一般的なスタッフが多いです。同じような構図は割合は逆であれ国連機関にもみられるのだと思います。まあ何を持って有能と言えるのかは難しいところですが、仮に学歴とその人の有能さに相関があるのだとすると、当然、有能な人材が多いという結論になります。

 とはいえ、頭を使って働ける人材が多いというだけで、特定のスキルを持ったスタッフの割合が少なく、端から見ると普通のスタッフなのでしょう。実際に一緒に働いてみると、政策の上流にいるということもあって、自分の頭で考える力を持ったスタッフは多いと感じます。筆者が無能すぎて誰でも有能に見えてしまうからなのかもしれませんが。

 

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教育に過度な期待をかけてはいけない

こんにちは。

 

5月に入り、ブログの記事を12本投稿してきました。在宅勤務になると、思想に耽ることが多くなります。そういったこともあり、「いつ働いているのか?」と聞かれることが増えてきました。私は海外で勤務していますが、コロナの影響により日本で在宅勤務をしています。ですので、基本的には勤務地である海外の時間で働いています。とはいえ、拘束時間をきっちり守って働いているわけではなく、毎週数回あるテレビ会議以外は、自分のペースで仕事をしています。昼を過ぎて作業をし始めることもあれば、朝早くから仕事を始めて昼過ぎに終える時もあります。仕事は絶え間なく入ってくるので、サボってしまうと消化しきれなくなります。現在は4つのプロジェクトに関わっており、うち2つのプロジェクトでは中心メンバーとして携わらせていただいております。ONとOFFの切り替えを意識したいです。

 さて、今日は「教育に過度な期待をかけるのはやめよう」といったテーマで書いていきます。大学院では、教育系の授業を中心的に選択し、修論も教育に関するテーマで上梓しました。現在は、教育に携わる仕事をしており、膨大なデータに触れております。そんな筆者が教育に対して思うことを述べていきたいと思います。まず、教育を考える上で理解すべきは、①教育で素質は変えられない、②とはいえ教育をしなければならない、ということです。例えるなら、教育は植物に水をあげるのと同じだと思います。水をあげないと花は枯れてしまう、でも水をあげたからといって、ひまわりがアサガオにはならないし、チューリップが薔薇にはならないということです。要するに、「教育にできることは限られているけれど、教育は必要」だということです。

 大事なことはその人にあった教育を受けることで、全員の学力を一様に高めることではないし、それは不可能だということです。不可能というのは、個々の学力を上げるには個別指導をする必要がありますが、それは予算的には蓋然性が低いのです。小中学校の生徒にタブレット端末を配って、それを活用して授業をすれば学生の学力が上がるのかというと、韓国の例をみれば明らかなように、それは妄想に過ぎないのです。

 文科省は、どうも大学入試を学力基準からAO基準に変えたいと思っているようです。その理由は、多様な人材を大学に入れて教育効果を高めたいということのようですが、多様な人材というと聞こえが良いですが、学力がない人が高度な内容を理解するのは不可能で、教育に支障が出ることは明らかです。

 ご存知の通り、教育の研究には膨大なデータやケーススタディがあります。にもかかわらず、こうしたら良いという結論めいものは出しにくいです。それは、教育は非常に個人的なものだからだと思います。人はそれぞれ、その性質や素質が異なっていて、どのように教育をしたら良いのかも人それぞれです。また、どういう目的を設定するか、どのような教育が必要かも人によって変わってきます。また、そもそも、教育で人がどれほど変わるか、というといくら教育してもそんなには変わりません。そして困ったことに、教育を怠ったり、誤った教育を行うと、ひどい結果になってしまいます。だから教育には大きな期待はしないで、変なことにならないように気をつけるのがよく、その人の素質を見極めて、その素質の良い点を伸ばすのに専念するのが良いと思います。

 高校の時に、個別指導の英語塾に通っていたことがあります。そこでの先生の言葉が今も時折頭に浮かびます。「私の子供の頃に比べて、優秀層の学力は飛躍的に伸びたが、それ以下は頽落した」。

 テクノロジーという言葉はあまり好きではないですが、そうした科学の進歩によりできる学生は、非常にできるようになりました。その一方で、できない学生はとことんできないようにもなってしまいました。何だかんだ単位は取得して卒業しても、勉強したことが全く身に付いていない人が多くなったそうです。とにかく、リーディングができない、文章が書けない、答案に何が書いてあるのか分からない、ノートの取り方が分からない。

 結局今の日本では、最上位層は相変わらず優秀なのだけれど、その下がダメダメのダメになってしまっていると思います。地方国立大学も昔はそれなりに良い人材を輩出していたそうですが、最近はどうでしょうか。私大も、早慶でも上澄の一部を除くと、同じような状況だと思います。

 教育学では成績が5%もあがれば、非常に大きな成功とされます。なぜなら、教え方を工夫しても、生徒の学力の向上にはなかなか繋がらないからです。結局「学び」は自分でやるものだと思います。教育に過度な期待をするのではなく、みなさん自分で黙々と勉強しましょう。

 

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文系でも数学を学んだ方が良い理由

こんにちは。

 

今日は文系であれ数学はやっておいた方が良いということをぼやいていきたいと思います。その理由は主に3つあります。1つ目は、出来る人が少ない、ということで、そのため希少性が高くなるからです。2つ目は、数学は非常に汎用性が高く、業種問わず至る所で活用できるということです。最後に3つ目として、数学を通して高い思考力を身につけることができる点です。とはいえ、私は特に数学が得意というわけではありません。一つの問題を解くのに一日かけて、結局なにも解けずに一日を消化してしまう時も多々あります。

 

1: 数学ができる人は少なく、そのため希少性が高い

 

 ここで述べる「数学ができる」というのは、大学レベルの数学がある程度理解できると定義しておきます。そうしなければ、この先書き進めていくことができません。さて、世の中の大半の大学生は、大学レベルの数学はおろか、高校レベルの数学も理解できていないのではないでしょうか。高校の数学の教科書を見返してみると、重要定理の証明はきちんと説明されているものの、高校生はそれを理解できていないのです。それはなぜかというと、高校の授業が教科書の内容をきちんと解説していないからで、実際の高校の授業では重要項目の解説を手短に行った後、例題の解説、それに続いて問題の演習といった授業が行われていて、弟の話を聞いても、三角関数の加法定理の証明は授業で解説しないのだそうです。ですので、大学生の大半は高校レベルの数学さえ理解できないのではないでしょうか。もっとひどい場合だと、例えば、(-1)×(-1)=1 を示せというと、できない学生がいる。さらに、1秒間に1メートル下がる気球の1秒前の位置は現在地より1メートル上といった直感的な理解ができない学生がいる。そのような実情の中で、大学数学を理解できる人は希少性が高くなるのです。最近だと、理工学部の大学生が線形代数を理解できないといった話も聞きます。

 

2: 数学は汎用性が高い

 

 数学を身につけても汎用性がなく、就職先に困るといった意見があります。この意見には、反対したいです。理由は、数学は最適化を学ぶ学問なので、実際には汎用性は物凄く高いからです。数学の基本的な考え方は、どこに物事の本質があるのかを見極めることです。数学では、要らない非本質的な部分を捨てるのが大事です。ですから、数学の定理は発見であり、発明ではありません。この考え方は、社会のあらゆる場面で使えます。物事の最短ルートがわかるため、数学ができない人間と比べ物事の理解が速くなります。先日上司と話していた時、上司から「あなたは数学ができるので、生産性が高いのだと思う。どの企業にも数学が得意な人間が一人でもいれば、他社との差別化が可能なのに」と言っていました。しかし、これは誤りです。なぜかというと、どの企業にも数学ができる人間がいれば、生産性は同じになるからで差別化ができないのです。この例は数学の特性をよく表しています。数学はそれ自体が抽象的なため、汎用性が低いと言われますが、実際には数学は「味の素」みたいなもので、理解しておけば、どの分野にも使えるのです。また、これは学問にも当てはまります。私は経済を学びましたが、数学ができる学生が経済学を学ぶ際の参入障壁はかなり低くなります。最近、「数学を使わない経済学」といったインチキ本が売れていますが、そういった本が売れるのは、数学の基礎学力が著しく低い学生が経済学を学ぼうとするからです。実際には、経済学一つをとっても、数学の汎用性は高く、ほぼ例外なく全ての学問を学ぶ上でアドバンテージになります。

 

 3: 数学を通して思考力が身に付く

 

 数学は実用的ではないという意見があります。確かにその意見には一理あると思います。実用的という意味では、理学部で教えているような数学の大部分は実用的ではありません。コモホロジー理論やガロア理論、表現論、スキーム論、多様体論、測度論といったものを大学を卒業してから使う学生はごく一部の仕事を除けば、まずいません。これは物理学でも同じことが言えて、量子力学や相対性理論のような基本的な物理であっても卒業してから使う人はほとんどいません。しかし、それでは、そういった「実用的ではない」学問をやめて、たとえば保険数理やプログラミング、有限要素法、ゲーム理論といった実用的な内容を教えれば世の中に貢献できるのかというと、それはそうはならないと思います。コモホロジー理論や量子力学は確かに実用性に欠けますが、これを理解するのは、講義に出て座っているだけでは不可能です。私も泣きながら勉強して、それでも理解ができなくて一旦数学から離れて、その後また理解を進めて、もちろん一人で独学なんてできるはずもないので、数学科の教授や数学科の生徒に聞きながら少しずつ理解を深めていきました。例えば、「バナッハ空間の閉部分空間上定義された有界線形汎関数は、ノルムを変えることなく全空間に拡張できる」というのは、ハーン・バナッハの拡張定理ですが、一言で簡単に述べられている定義を理解しようと思うと一朝一夕ではまず無理です。こういった純粋数学に比べると、応用数学は実用的だけに、抽象度が低く、頭を絞る機会は少ないです。抽象的な概念が出てくると、途端に諦めて「何かよい参考書やおすすめの勉強法はありますか」という質問を投げかけてしまう。数学は、自分の頭で考える機会を提供してくれる学問であり、これは例えば、英語の学習などでは到底身につかないことです。私は文系のバックグラウンドではありますが、周りの影響で数学も勉強してきました。そのため、極端な文系思考の学生と極端な理系思考の学生が周囲にいます。数学は真理なので、答えがあります。一方で文系は答えがない世界で、一般的には答えがないため色々考えると言われていますが、実際には、答えがないため、ネットの情報等に依存してしまい、問題を考える機会が少ないのだと思います。

 

 上述した3の理由から、私は文系であれ数学を勉強した方が良いと考えます。

 

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日本国憲法が保障したものの大きさを知る

 

「朕惟フニ我力皇祖皇宗・・・」

 

 今から五〇年も昔、父親がまだ小学生だった頃の道徳の授業でのことだ。「これから配布する文章は、世界で一番美しいものだから、ぜひ知ってもらいたい」と担任は言った。ニコニコして、まるで面白い漫画やアニメでも見るかのように、手書きのプリントを配布されたという。

 「教育勅語」。皆がどうあるべきかの道しるべだという。期待感があっただけに、クラスでは「なぁんだ」と露骨にげんなりする子もいた。最初はみんなで音読をしましょう、それから立って大きな声で言いましょう。最後は見ないで言えるようにしましょう、、担任からの要求は日を追うごとに増えていった。

 一過性の教材で終わるかと思われた「教育勅語」は、とうとう前に出て暗唱するまで返さないという強制力を帯びた。数週間で、何人もの生徒が見ないでスラスラ言えるようになった。誰しも、書かれた言葉に感動していたわけではない。単純に居残らされるのが嫌で、理不尽な教育と戦うよりも適応する道を選んだのだ。かく言う父親も、不自由さに吐き気を催しながら、身体は教育勅語を受け入れていった。

 私が高校を編入する際、父親は二つ返事で背中を押してくれた。父親いわく、「自ら選び取る」ことを私に教えたかったそうだ。何を学び、何を深め、何を憤るか、それらは本来、他人から、まして国家から押し付けられるものではないはずだ。

 安倍首相が教育勅語について「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまでは否定されない」という答弁書を閣議決定した時のことを覚えている。国民主権を否定しかねないものが、どうして憲法に反しないと言えるのだろうか。戦前のニオイが露骨に漂う。

 権力は常に「強制なんてしません」という顔をしてやってきて、息苦しい時代をあっという間に作る。父親の担任が教育勅語を配布した時と同じだ。いつの間にか判断能力を失う理不尽な状況を仕組み、そこから逃れたい人たちを従わせる。誰しも個々は悪い人たちではないのに、一旦歯車となってしまったら間違った方向へ進む国家を止められない。

 去年の春、高校時代の先生に会いに母校を訪れた。だが、その少し前に、定年まであと数年を残して先生は転勤を余儀なくされたと知らされた。極めて異例のことである。聞くところによると、前任者は音楽の教科書に掲載された「君が代」を教えなかったことで保護者からクレームを度々受けていたという。つい最近も、政治的発言をした芸能人がSNSで叩かれているというニュースを目にした。表現者は自粛し、周囲は矮小する不気味な時代になった。当たり障りのない行動が、権力に最も喜ばれることをみんなが覚えている。

 日本国憲法が保障したものの大きさを感じる。

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disinhibit

 

英国人作家の本の書評で引用された”disinhibition"という言葉がわからなかった。大英和を引いてもしっくりくる説明がない。あれこれ考え、「抑制解除」という訳語を考えたところで、これが重要な概念であることに気づいた。
 第二次安倍政権発足後、関係者の下劣な言動が政権基盤を揺るがすのではなく、逆に大衆的な反応と共鳴しているのに驚いたが、今、それが「抑制解除」であると思い至った。動物はそれぞれの種の生態に応じた抑制をもち、自らの存続と秩序を守っている。人間も、獲得した言語に基づく礼儀や慣習を、秩序の基盤としてきた。
 しかし、今や長い歴史の中で形成された礼儀や慣習を、首相や大統領が一代のうちに破り捨て、対立する政治家を侮辱する発言で選挙に勝とうという卑劣が常態化している。面倒な抑制を無視する蛮行に快感を覚えて、人類の発展の基盤を掘り崩しているのだ。
 日本では韓国に対する行き過ぎた侮辱が、出版や放送の品位を穢している。米国では大統領からゴーサインをもらったと考える者たちが、人類差別などの歪んだ憎しみを爆発させている。
 指導者が示す手本が、文化の洗練も歴史の積み重ねもぶち壊す時代になった。規制を解除して、なんでもありの野蛮な欲望を解放しているのだ。あとに残るのは野蛮だけである。
 それがもたらす終末的な惨状を回避するためには、これまで文明を発展させてきた抑制に実効性を与えてきた力は何なのかを理解し、それを回復するしかない。

 

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靄然

 

「感染したらこの国では十分な医療を受けることができない」、勤務地からチャーター機に乗って帰国をして一ヶ月が過ぎた。帰国後、政府が発令した緊急事態宣言は、私の住む県をも対象地域に含まれることになった。思えば、現地での在宅勤務を含めると、リモートワークを開始してから二ヶ月が経ち、自宅中心の生活による体力の衰え、免疫も随分と低下したように感じる。

 さすがにこのままではよくないと、先週から朝と夜にそれぞれ3キロほどジョギングをするようになった。仕事の合間にはAmazonで購入した本を読書し、夜には思索に耽り、文章を書くことが多くなっている。私と同じように在宅勤務になり、自宅ですることがないと考える人は、インターネットに頼らずに何らかの疑問を解決するということをお勧めしたい。

 疑問に思うことをまず自分の力だけで考えてみる。ネットや本を使わずに、ただ自分の頭だけで考える。色々と想像をしていると、「そんな馬鹿なこと、あり得ないよな」と少し笑が浮かんでくるのではないか。インターネットですぐ答えを出してしまうと絶対に起きないことだ。

 自分で考え、一見馬鹿げたことでも想像してみると、自分の想像力がいかに眠っていたかに気づくだろう。想像することの楽しさが出てくれば、もうしめたものだ。そうなれば、インターネットですぐ答えを求めるよりも「少し自分で考えてからにしよう」となる。外出して本当は必要ではなかった物を買う無駄遣いもしなくていいし、自宅で自分が想像するだけだからお金はかからない。

 外出自粛によるストレスからだろうか、医療従事者に対する誹謗中傷が目立つ。本来なら、ウイルスと闘ってくれているのだから励ましの言葉があってしかるべきなのに、もっての外というしかない。こういう時だからこそ、想像力を高め、お互いに思いやって日々を過ごしたいです。

 

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「抵抗」ブログについて

 

 いきなり熱湯に入れれば飛び上がるが、少しずつ熱していけばーーこのゆでがえるの比喩は、はたしてどこまでが本当なのだろうか。インドの道端で、男性が鶏の首を切断する光景を目の当たりにして吐き気を催した性格なので、実験して試すつもりはない。生物学的真実はともかく、日本の為政者や大企業に、ゆでがえる的傾向が強いのは真実と思わざるをえない。

 行政が「お上」として強く捉えられがちな日本社会の思潮では、市民的自由を制限する行政の権限は最小限に留めるべきである。しかし、昨今にみられる政治の私物化は、その対極に今という時代があることを示唆している。2020年5月、燎原の日の如く感染者を増やしながらも勢いを増すはパンデミック”コロナ”である。「アベノマスク」の納入業者の一つが、設立三年目の会社だと明かされた時はさすがに椅子から転げ落ちて頭を強打したが、問題の大きさに比べて非難の灯火は小さいという危機感を、その認識を我々は絶えず持っておきたい。

 友人であり学友の石川氏が「アベノマスク」の発注プロセスにおける汚職のリスクを分析したところ、現在入手できる情報から0.304(1.000が最高スコアであり、このスコアが高くなるほど汚職のリスクは高い)とのスコアが算出されたという。彼いわく、この数字が0.27以上であれば、汚職のリスクが高いと評価されている。あくまでも「リスク」であり汚職があったと断言することはできないと添える石川氏の言葉を、我々はどう捉えるべきであろうか。

 本ブログの社会的役割が速報性にあるのではないことは認識している。だが、今この社会で起きていることの意味を深く考えようという方々に情報と論考を提供する上で、タイミングはやはり無視できない重要な要素である。民主主義的な手続きを完全に無視した沖縄の米軍基地問題や、子どもを労働力としか捉えられない教育の問題、「政治から逃げたくても、政治が起きかけてくるから辛いよね」と口にした友人の顔が浮かんだ。

 市井の人々を覆うさまざまな問題を前にして、意図的な「事実」の捨象が常態化している。このブログでは公明正大な現状分析・原因追及とともに、対抗軸と未来への展望を提示することを目的としている。レミングの群れが断崖もしくは湖水などに突き進んで自殺することは迷信に過ぎないが、不合理故に嘆く自分の姿が目に見えていたとしても、方向転換が効かず、あたかも慣性の法則に支配されているかのように粛々と絶望に向かって行進していく社会の悲劇を、この国は「自分には関係がない」と突き放してきた。

 超大国の干渉とそれに隷従する軍政や独裁政権暴力、魯迅の言った「軍暴治下の臣民は、たいてい暴君よりももっと暴である」という言葉を思い出させる構図は、さまざまなバリエーションを取りつつ、日本でも確実に根を張っている。辺野古新基地建設をめぐる現政権の横暴は、その象徴だと言える。

 もちろん、どんな政策にも一長一短があり、どれがもっぱら正しいかは言えない。例えば、世界各国の選挙制度もそれぞれである。議論を重ねた上で、それぞれの国民が判断するしかない。しかし、少なくとも、熟議の上にも熟議を重ね、その選挙制度はどのような原則に基づき、どのような効果をもたらすのか、吟味するのが当然ではないか。民主主義のルールはバナナの叩き売りのように数をやり取りするものではない。

 さて、本ブログを通して、はたしてどれほどの問題提起ができるのであろうか。相容れない自信と不安とが対決の潮目で渦巻いている。長期的な更新を何より大切にしたいため、定期的な更新こそ期待に添えないが、”小さな抵抗こそが希望になる”というテーマに恥じないように、浅学非才の身ではあるが、更新を続けたい。裾野広い議論に繋がることを期待して。

 

 

                                    2020/05/19  

 

 

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自己紹介(転職用:学生時代の取り組み)

こんにちは。

 

 普段書いているブログの内容とは別に、今回は転職を検討している身として、私のことを書いていきます。そうはいっても、最近になって顕著に観覧者が増えたこのブログで詳細に関することを書いてしまうのは、色んな意味で非常に危険です。そのため、個人に関する情報はざっくりと、詳細は一番下に連絡先を載せておくので、そちらにご連絡いただきますと、それ以上の情報を共有させていただきます。お手数をおかけしますが何卒よろしくお願い申し上げます。今回は、学生時代の取り組みに関して書いていきます。

 さて、社会人が転職を検討する際、主に2つのどちらかの理由に該当すると思われます。1つ目は、「今の職場に満足をしていない」という理由が転職動機になる場合。こちらは、例えば給与が低い、福利厚生の条件が悪い、残業が多い、職場環境が合わない、等が考えられます。2 つ目は、「今の職場環境には満足しているものの、今後のキャリアを見据えた際、転職をした方が成長できる」と考え、そのことが動機になる場合。新しいことに挑戦したい、自分の力を試してみたい、新しい領域で知見を広めたい、等の理由がこの場合に当たります。私は、以前のブログで書きましたが、今の職場環境には総じて満足をしています。そのため、今よりも良い条件で転職が可能であれば、転職も経験したい、といった具合の温度感です。

 

ogrenci.hatenablog.com

 

 ー個人情報をざっくりとー

 

 ー高校ー:全日制→通信制に2年時に編入をしています。(当時偏差値76)

   留学:オーストラリアに10ヶ月の農業留学に行きました。現地では主に高設栽培を学びまして、栽培から出荷までの一通りを経験しました。留学に至る動機は、当時から国際開発での仕事を夢見ており、「産業は農業から始まる」といった理由で、食糧生産率が高かったオーストラリアを選びました。とは言いつつも、実際のところ、日本にいる両親から受験のための参考書を大量に郵送してもらっており、毎日10時間ほど受験勉強をしていました。

 ー大学ー:大学1年目から経済学を学びました。その中でも開発経済を希望しており、主に途上国の開発について経済学的な側面から勉強をすることに決めていました。経済を選んだ理由は、かっこいいと思ったからです。頭は悪かったですが意識は高く、高校では通信制に編入していたこともあり、自学自習の習慣が身についていました。1年のうちからマクロ・ミクロ経済の本を図書館で借りては勉強をするようになりました。参考書は主にマンキューと石川さんの著書をベースにしていました。

 

マンキュー経済学I ミクロ編(第4版)

マンキュー経済学I ミクロ編(第4版)

 

 

 

また、興味で取った国際関係論の授業で使用されていた国際紛争という本が非常に面白くて(紙質が何より好きだった)、国際政治にも興味を持ちはじめました。

 

国際紛争 原書第9版 -- 理論と歴史

国際紛争 原書第9版 -- 理論と歴史

 

 

読書が好きだった母親の影響を受け、私も当時から読書が好きな学生でした(大学4年間で1000冊以上読みました)。その中でも”貧困の経済学”は読んでかなりの衝撃を受けた記憶があります。

 

 

また、同じ時期に、衝撃を受けた本として" A Stolen Life"を挙げておきます。この本は非常にシンプルな英語で書かれているため、2日ほどで読み上げることができます。下記にこの著書の内容を貼っておきますので興味のある方は調べてみてください。

 

A Stolen Life

A Stolen Life

  • 作者:Jaycee Dugard
  • 発売日: 2011/11/15
  • メディア: ペーパーバック
 

 

en.wikipedia.org

 

 大学1年目には漢字検定準1級と英検1級を取得しました。この時期には、高校の時から所属していたボランティア活動を継続して携わっており、主に南米から日本に出稼ぎにくる外国人労働者を対象にスペイン語から日本語を教えるボランティアをしていました。

 

 大学2年目には経済学にはいずれ必要だろうということで教養数学の授業を取りました。基礎中の基礎の統計学や微積分、線形代数学を受講しました。とはいえ、もともと数3をやっていたこともあり教養数学では物足りず、名前がかっこいいという理由だけで大学数学にも手を伸ばすことにしました。具体的には、この時期から大学を卒業するまでで、主に解析に属する、ベクトル、常微分方程式、偏微分方程式、複素解析、フーリエ、確率論、代数学に属する、ガロア理論やホモロジー代数学、代数的数理論も一通り理解しました。結論、大学数学を学んだことは非常に正解で、例えば現在仕事でコロナ対策をしていますが、偏微分方程式、偏微分常方程式、1階偏微分方程式、等の知識が役に立っています。

 当時から国連機関で働きたいという目標があったため、とにかく勉強だけは頑張ろうということで、大学に入って以降も勉強は頑張っていました。そんなある日、国連で働きながら、博士号取得に向けて日本で研究をしていた意識高い系の先輩からラインが届きました。

 

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 要は、学校で学んだことで実際に使えるのは30%くらいで、残りは実務を通して学ぶべきだという指摘です。この先輩は非常に意識が高くて私も意識が高かったこともあり波長が合いました。余談になりますが、彼女は非常に聡明で、ある日大学院で研究をしている彼女がふと私に対して「私が社長だったら迷わず私を採用する」と言い放ちました。いきなり何を言っているんだと思いながら、ただ今となっては彼女以上に聡明で仕事ができる人には会っていません。

 そんな意識高い系の彼女から、「パリで開催されるUNESCO第38回の総会に参加しないか」と肩を押され、その1週間後にパリへ向かいました。11月のことです。

 

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 UNESCOの総会と時を同じくして、OECDの本部でも定例会が開かれており、そちらにも特別に参加させていただきました。振り返ると、この時期にパリきて本当に良かったといえます。一番大きな心境の変化としては、実際にUNESCOで働いてみたいと思うようになったことです。この想いが引き金となり、大学2年目の2月からはアフリカにある国連教育科学文化機関(UNESCO)の事務局でインターンの機会を得ました。

 教育セクターでインターンをする予定で渡航しましたが、到着後上司に「日本人は理系が強いよね、環境セクターでいい?教育セクターは人が足りているの」と伝えられ、環境のセクターに飛ばされました。そこでは、その国がSDGsの中で、環境に関する目標を達成させるために、具体的にどのようなことをすれば良いのか、についてエビデンスを探してきて(時には自分でエビデンスを作って)レポートを書くことをしていました。この時、GIS(地理情報システム)の使い方を上司から叩き込まれました。インターン が終わりを迎える少し前に、同じセクターで働く女性が博士号を取りに南アフリカの大学院に進学するということでポストが空きました。上司から「よければうちで働かないか」とお誘いを受けましたが、当時はまだ大学3年生になったばかりで、学位も取っておらずお断りしました。

 

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  大学3年目では、大学レベルの経済学(ミクロ・マクロ・理論・数理経済)を網羅的にカバーしました。そして幅広い教養を得たいと考えておりずっと本を読んでいました。そんなある日、「単行本の読書ってコスパが悪くないか」ということを思い始め、雑誌の購読こそが一番効率よく知識を身につけることができる手段ではないかと考え、知識のインプットを単行本→雑誌に移行します。当時の私の意識の高さは購読していた雑誌の種類に反映されています。

 

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 私は言語が凄く得意で、自分にとって唯一適性のある分野だと考えていました。英語とスペイン語は普段から使用する機会があり、加えて、大学の第二言語で中国語を取っておりました。大学3年に入った時点でも私は国際機関で働きたいと考えていたため、インドネシアにある国連児童基金(UNICEF)のインターンに応募しました、が、呆気なく落とされてしまいました。しかし、職員の方から現地の教育系のNGOをご紹介いただき、おもしろそうなので働きたいと考えました。現地のローカルNGOでのインターンということもあり、当然英語が使えないため、出発までひたすらインドネシア語を叩き込みました。

 

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 当時の語学関連の本棚には、複数の言語の本を置いていました。この頃には、英語、スペイン語、中国語であれば、本を読んで理解することができるようになっていました。

 その後、3ヶ月間のインターンをインドネシアで経験しました。インターンの内容は、衛生に関する啓発活動を行うというものでした。インドネシアの農村部ではOpen-defecation(野外排便)が問題となっており、トイレを使用する必要性と、実際に学校を訪問して子どもたちに衛生について啓発しました。インターンでは世銀やUNICEF、アメリカからプリンストン大学の教授らとプロジェクトチームを作って実施見聞調査にも出向きました。凄く良い経験になったと思います。

 

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業務は全てインドネシア語で行ったため、非常に言語力の低さを痛感しつつ、それでも足掻きながらも最後までやり遂げました。余談ですが、この頃は京都の河原町にある”むさし”というお寿司屋さんがあって、週に2回ほど通っていました。安くておいしいのでおすすめです。

 大学4年目には、院試の勉強を始めようとしました。”始めようとした”というのは、志望するいくつかの大学院の過去問を1年分入手し問題を見た時、「勉強しなくとも受かる」ことがわかったので、その時点で入試対策をやめました。その分、研究計画書を完成度の高いものにしようという戦略をたて、研究計画書を何度も書き直しては修正を加えました。ちょうど今くらいの時期(5月の中旬)には準備が整いました。大学生活を振り返り、未だ多くの途上国では十分な教育を受けることができない子どもたちが多くいることを認識しました。私は、教育環境としては大変恵まれて育ちました。周りの理解もありました。高校の指導方法が自分に合わず、通信制への編入学を考えていた時にも、母親は「その選択はおもしろいと思うよ」と肩を押してくれました。そうした背景もあり、将来は教育に携わる仕事がしたいと思うようになりました。国連機関で働くことに憧れを持っていたため、国連の専門機関の中でも教育に携わる仕事をするには、大学院で教育について開発的な視点から学ぶ必要があると感じました。

 研究したい内容は決まっていました。ただその端緒を述べるには非常に膨大な字数になってしまうため、別の機会に譲らせていただきます。以下、私が大学院に出願する際に提出した研究計画書になります。

 

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 研究計画書は、かっこいいという理由だけで英語で書きました。Semi-structured interview(非構造化インタビュー)なんて当時は全く理解もしていないまま使用しています。その後、志望していた2つの大学院の入試を受け、2つとも合格することができました。

 

ー大学院ー:学部時代に数字を使って分析をしていたこともあり、修士では質的な分析を学ぶために教育理論の先生を指導教官に希望しました。しかし、実際にゼミに参加してみるとその先生は多くのゼミメンバーを抱えており、「これでは先生と十分な議論ができない」と確信し、人気のなかった(こんなことを言うと先生からお叱りを受けそうですが)計量分析のゼミに入ります。文系が多い国際開発の分野では数字を使った計量的な分析は避けられがちです。そのゼミでは、教育に関するデータを計量的に分析を行うことに主眼を置いたゼミでした(この選択は今となっては最良の選択だったといえます)。

 修士1年目は、ゼミで定量を学ぶということもあり、授業は教育理論や政策評価など質的な内容を学べる授業を中心に受けました。1年目は、授業の予習・復習、更には毎週課される課題を友達の分もやっていたため、多忙な時期を過ごしました。ゼミではStataを使った分析を中心に学んでおりました。当時の指導教官から、Stata以外にも統計ソフトは使えるようにしておいた方が良いという助言を受け、SPSSとRも頑張って覚えました。2月頃になると、ようやく修論で使うデータセットを作るために二次データの加工を始めました。二次データとして DHS(Demographic and Health Survey)を使いましたが、このデータの加工が非常に複雑なもので(また別枠で時間を見つけて書きます)、きちんとしたデータセットを作るのに、1ヶ月ほどかかってしまいました。当時のことは少しだけ書いた記事を貼っておきます。

 

ogrenci.hatenablog.com

 

同じくらいの時期に、ひたすら文献レビューをしていました。この時期に纏まった時間で文献レビューに時間を当てることができたことは非常に大きく、最終的に約80もの参考文献を修論に取り入れることができました。3月の終わり頃からは修論を本格的に書き始めました。

 時を同じく、周囲は就活を始めました。私は自身の研究がすごくおもしろいと感じており、就活はせずに博士課程に進むことを考えていました。そのため、就活組よりも当然きちんとした修論を書かなければならないということで、指導教官と頻繁に打ち合わせをしては、修論を少しずつ修正を加えながら書き続けていきました。6月に入り、序論と修論を含む9章構成の修論のうち、5章までを書き上げました(その後も微修正は続けます)。第5章は、修論の中で計量分析までで、その後、6章では質的な調査、アンケートとインタビューを行う準備を始めました。1年目に卒業までに必要な単位はほとんど取得していたため、2年目は自分が所属する以外のゼミにも参加しました(具体的には、5つくらいのゼミを掛け持ちしていました)。複数のゼミで自身の研究の発表をさせていただく機会があったのですが、質的な先生からは「あなたの研究は質的な調査を取り入れる必要はあるの?」「質問がセンシティブなもので、誰かを傷つけてまでする必要はあるのか?」などといった正鵠を射る指摘を受けました。その後、10月に調査対象地域でアンケートとインタビューをするのですが、倫理的な部分には相当な配慮を入れました。修論の中で、インタビューで配慮した部分について書いてある一部を載せます。

 

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  11月には学会で自身の研究を発表しました。私は自分の研究の視点は非常におもしろくて、そのことを一人でも多くの人に知ってもらいたいと考えていました。そのため、学会では、各大学の先生や博士課程の学生に声をかけては、自分の発表に参加し、更には積極的に質問やコメントをしてほしいと懇願していました(余談ですが、学会での発表を応募するにあたり、事前に出す要約を英語で書いてしまい、その結果発表も英語の枠に入れられてしまい、英語で発表することになってしまいました)。その後、学会でいただいたフィードバックをもとに修論を修正し、12月の前半くらいに修論を書き上げることができました。

 12月には国連機関の空席ポストに書類が引っかかり、全3回に渡って面接を行いました。最終面接は、年末にちょうど祖父母の家に帰っている時に組まれ、急遽面接の会場を自作して面接を受けました。

 

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 その後、無事に面接に合格することができ、程なくして大学院を卒業します。

 

では最後に自己紹介を箇条書きして希望する転職条件を書いて終わることにします。なお、現職の実務内容は身バレを防ぐ目的で触れません。面接の際、事細かくお話しさせていただきます。

 

 ーThis is who I amー

 

名前:Ogrenci(学生時代から使っているペンネームでトルコ語で学生を意味します)

年齢:20代中盤

性別:男性

大学:経済(マクロ・ミクロ・理論・数理経済)を一通り学びました

大学院:開発(教育を専門的に学びました)

インターン:UNESCOとNGOで経験しました。

スキル:GIS,Stata,SPSS、R、PowerBI

語学:英語、スペイン語、インドネシア語、中国語、トルコ語(中国語とトルコ語では実務経験はございません)。

性格:意識高い系

長所:自らで考えて行動できます。どんな場でも自分の意見を主張します。

短所:寝坊

 

ー転職条件ー

 

 業種:おもしろくて、自分が活躍できるビジョンを持てれば業種は問いません。

 勤務地:できれば大都市を希望します。出張ベースであれば海外出張も可能です。駐在は今のところ選択肢として考えておりません。

 休日:土日が希望です

 給与:現職より落ちてしまうことは仕方ないと思いますが、著しく落としたくありません。

 福利厚生:充実していれば嬉しいです。

 転職希望時期:現職で抱えているプロジェクトの兼ね合いもみますが、夏くらいを考えています。

 会社規模:問いません。ベンチャーにも興味があります。

 

留意点:文頭で述べましたが、現職での勤務に総じて満足はしているため、今よりも良い環境であって、自分が成長できると感じた際に転職をしようと考えております。

 

連絡先:ogrenci0401@yahoo.com

 

長々と書いてしまいましたがお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

心配ならなぜ他人に預けるんですか

 

 凄惨極まる津久井やまゆり園事件から、四年目を迎えた。障がいのある友人を持つ人間として、あるいはこの国で暮らす一人の人間として、多くのことを考えるきっかけとなる事件であった。思えばこの事件について、有名無名をと問わず、様々な人たちが様々な発言をしているのを耳にした。

 事件の直後、自民党山東参院議長(当時は副議長)が、「(犯罪者を監視するために)GPSを利用するなど、きちんとした法律を作っておくべきではないか」と発言し、注目を集めた。犯人のことは絶対に許せないが、公権力の権限を大幅に拡大させて人権を矮小化する意見に賛成は当然できなかった。大多数の市民の恐怖と犯罪者の人権を天秤に掛けて、釣り合うはずもない二択を迫るやり方は、「テロ対策」とされる共謀罪にも見られる。しかし共謀罪があればテロは防げるのか。GPSがあればやまゆり園事件は起きなかったのか。本質から乖離した、嘆かわしい議論であった。

 流石に著名人の発言ではなかったが、周囲では「施設に預けるのがよくない」という暴論も聞こえてきた。障がい者を身内に抱える人たちの、痛いところを無神経についてきたな、という印象だ。

 それぞれの家庭が、少しづつ施設へ預けることへのためらいを抱えている。重度障がい者となれば、家族が二四時間一緒にいることはほぼ不可能だ。家族は社会生活を送れなくなってしまう。しかし自分と血の繋がった者のことを思えば、愛情もあるし、かといって永劫この生活はきついと考え、その薄情な感情を持つ自身に苛立って毎日を過ごしている。

 要するに、家族はみな、外野から指摘されるよりもずっと前に、施設へ預けることへの罪悪感を胸に抱えているのだ。だからこそ、あらゆる施設を回り、少しでも努力させてほしいと願っている。戦後最大規模の死者を出しておきながら、メディアでの扱いがそれを感じさせないのは、被害者の家庭がそもそも複雑だからである。

 この種の自己責任論は、基本的に家族単位でなんとかせよという無言の圧力が根底にある。私の友人の母親も「心配ならばなぜ他人に預けるのですか」と何度も言われたと口にしている。家族の内々で処理し、絶対に汚物を社会に垂れ流すなという冷たい響きを持った言葉である。政府はますます家族の温かさを強調し、理想を刷り込むが、絆という言葉の裏に縫い付けられた弱者切り捨ての不条理を感じずにはいられない。

 やまゆり事件を知った時、多くの人が「許せない」「可哀想」と感じるのは良い。しかし無責任に放った意見が、ある立場にいる人を傷つけ、孤立させてしまっていることを認識する想像力は持っていてほしい。事件から早くも四年の月日が流れたが、この事件は風化させてはならないと肝に命じる。

 

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日本人だけがよければいいのか

 

当時、民進党の代表であった蓮舫氏が国籍喪失許可証書など一部の資料を開示した時には驚いた。やまぬ国籍二重との疑惑に終止符を打つべく取られた手であった。これほどまでに、後味が悪く、気が重くなった会見を私は知らない。

 近年、殊に日本を持ち上げるテレビ番組が多いときく。曰く、この国は自由で、差別が少ないという。東西で気温差は少なく、使用する言語も同じ、肌の色も同じ。はたして、日本は差別が少ないのではなく、あらかじめ用意された差異が少ないのではないか。本当の民主主義とは、お互いに隔たりあっている溝を対話で埋めることである。元来近しい距離にある人たちの間で、血なまぐさい争いが生まれるだろうか。

 「みんな横一線」を好む国民性は、翻って異質なものへの無言の拒絶を生むと思う。「私は差別的発言はしていない」という傍観者の中にある無関心こそ、差別の元凶になりかねない。無意識に差別を助長し、その責任を誰も負わずにうやむやにする性格があると思う。蓮舫氏の二重国籍を過剰に問題とし、吊し上げた与党議員は日本国籍を至上とする気味の悪いイデオロギーを感じるが、それ以上に、民進党内にいた同じ考えを持った議員たちは蓮舫氏の人権についてどう考えるのか。そして、「蓮舫って日本人なの?台湾人なの?」という疑問で溢れる世の中では、取り立てて関心が無くても人の内面を面白おかしく罵る行為が常態化してしまっている。

 この延長線上に、安倍政権はないか。支持率の急落が騒がれているが、そもそもここまでの長期政権になったのは、消去法によって選ばれてきたからではないか。消極的支持によって支えられてきた「最高権力者」が、仮想の海外との戦争を語り、憲法をねじ曲げようとし、移民問題には非協力を貫いている。

 私は日本で育ち、お世話になった人も家族も日本にいる。だから世界に誇れる日本になってほしい。しかしことあるごとに「お前は日本人か?」と問い続ける日本が、国際社会において何を語ることができるだろう。

 

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学生が国連インターンに応募し機会を獲得する方法

 

こんにちは。

 

 今回の記事では「学生が国連機関でインターンの機会を獲得する方法」について書いていきます。対象は国内外の大学生及び大学院生となります。なぜ社会人を対象としていないかについてですが、これは私見になってしまいますが、社会人があえて国連機関でインターンをする必要がないと考えるからです。国連機関でインターンを経験する日本人は極めて少ないのが現状です。本ブログの読者の大半は、国連機関、国際機関、国際協力等のキーワードにリンクする方々だと存じ上げますが、その群を取っても、国連機関でインターンを経験した人間が周囲にいるというのは極めて一部の方たちでしょう。これには主に2つの理由が考えられます。1つ目は、現在国連機関でインターンを経験する殆どの学生は在籍する大学からのサポートでインターン機会を得た人たちで、学校と国連機関とが協定を結んでいる場合であれば良いのですが、そうではない学生にとってはそもそも機会すらないということです。私の知る限り、旧帝大早慶ICU、青学、神戸大、広島大、くらいではないでしょうか(他にもあるかもしれません)。2つ目の理由は、国連機関でインターンをする学生は前述の通り極めて極少数であるため、国連インターンに関する情報が限定されていることが考えられます。よく「国連機関で働くためにはどのような勉強をすべきでしょうか?」「どのようなスキルを身につけておくべきでしょうか」といった質問を受けますが、こうした質問は明らかな情報量の不足を表しています。これらは大別すると学生側の要因に当たります。他方、インターンを受け入れる側の要因として2つ挙げますと、まず1つ目に、条件を満たすインターン希望者が極めて少ないということが挙げられます。前提として、国連機関のインターンは英語での業務の遂行が厳守であり、ここで多くの志願者が排除されます(意外と知らない方が多いですが、可視化できる英語の資格は不要で、面接で英語力は判断されます)。更には、国連機関のインターンは後述する通り、一般的な日本企業へのインターンとは異なり一定のスキルや専門性がなければなりません(大学が協定を結んでいる場合このハードルは大きく下がります)。2つ目は、多忙でインターンを受け入れることができないという理由です。インターンの受け入れといえど、公式な手続きを取るため、インターン生を野放しにするということはできません。したがって、忙しい時期にインターンの応募があっても事務局全体の意向として受け入れないことが頻繁にあります。少し前にセクターチーフの方とインターンの受け入れについて話をする機会がありました。「インターンの手も借りたいほど忙しいけれど、なかなか即戦力となる人材がいなかったから、もう受け入れ自体を止めている」とのことでした。

 さて、国連機関で「インターンをしたい、でも該当する大学に在籍していない」という学生は五里霧中の現状にあると思います。もちろん、例え大学が国連機関と協定を結んでいたとしても、学校内での競争は多かれ少なかれありますし、受け入れ先が多忙の場合は協定を結んでいたとしても受け入れを止めるということもあります。

 以上を踏まえ、本稿では以下3つの点に主眼を置くことにします。1つ目は実際にインターンの機会を得る方法についてです。具体的には、学校を介して応募する方法ではなく、学生自らで応募する方法です。筆者自身、このやり方で学部2年の時にジンバブエのハラレ、ケニアのナイロビ、インドネシアジャカルタにある3つの国連機関事務局、修士1年の時にサモアアピアにある国連機関事務局からオファーを頂いております。そのため、かなり現実的で実行可能な方法だと言えます。2つ目は、インターンに受ける前にここまでは出来ていた方が良い、また、準備しておいた方が良いことについて触れます。とはいえ、これらを敷衍して書いていくと大変な量になるため、あくまで表面的な記述に留めます。そして3つ目に国連機関でインターンを経験する意義について述べます。筆者自身まだ学生とさほど変わらない年齢であるため、フレッシュな視点より自身の経験を踏まえ略述させていただきます。

 

1. 国連機関でインターンの機会を得る方法

 

 ここでは主に2つの方法について紹介させていただきます。1つ目の方法は国連各機関のHPからポストの空きを探す方法です。興味のある機関のHPを見ていただきますと、空席に関するリンクがあり、そこからリアルタイムで空席の確認をすることができます。空席があれば、そのポストにただひたすらに応募し続けるだけです。これまた私見になりますが、インターンを希望するのであれば、特定の機関に絞る必要はないと考えます。上手く志願する理由をつけて自身の経験や専門性を汎用すればよいだけで、この段階で応募先を限定しまうのは賢明ではありません。理由は上手く引っかかって事務局から返信が来る確率は非常に低いからです。よく、数を打てば当たる理論がありますが、あれと同じで、幸運にも返信がこればその時点で考えればよいのであって、この段階ではとにかく応募し続けることが重要です。注意点としましては、ある程度の数を応募していく過程で、志願書や動機に関する文章がテンプレ化していくことです。一見、これは良いことだと思われますが、事務局の名前や機関名を間違えて送ってしまうことにも繋がりかねないので(実際に筆者も経験しています)、その点の注意は必要です。

 2つ目の方法は、事務局や職員に直接CVを送りつける方法です。学生のうちからこの方法が取れる学生は大変素晴らしいと思います。この方法を取る際、検索すべきは各国連機関事務局のHPです。殆どの場合、そこに事務局の連絡先が記載されてあり、更には職員の名前も公開されていることもあります。その際は、職員の名前をネット上で検索にかけると運が良ければメールアドレスを入手することができます。そのメールアドレスに直接CVを送るわけです。言うまでもなく、その職員の立場や、どのような業務を担っているかを事前に調べ上げる必要がありますが、私の知る限り、この「事務局や職員に直接アプローチする」方法を取っている学生は殆ど皆無と言えるでしょう。運が良ければ、返信をもらい、事務局のチーフやインターンを欲している職員に繋げてもらうことができます。ぜひこれらの方法を試してみてはいかがでしょうか。

 

2. インターンを応募するにあたり準備しておくべきこと、スキル

 

 準備しておくべきこととしては、まず英字のCV(履歴書)です。華やかなものである必要はありません。書き方については、フォーマットが決まっているわけではないため、図書館やそれこそネットでサンプルを見つけて参考にするだけで十分です。私は当時の職員の方からの助言を受け、論文のタイトル、取った授業の一部、所属学会、学会での発表歴を記載しました(最後の2 項目に関しては学部生は不要です)。続いて、各機関で文字数の違いはありますが、志望動機や自己紹介は事前に準備、少なくともテンプレはあった方がよいです。きちんとしたものを書こうと思うと、当然ネイティブの添削等も必要になってきますし、納得の内容になるまで何度も書き直さなければなりません。案外、面倒な作業であるため、時間のあるうちに事前準備をしておくことが望まれます。更には、渡航費の資金集めも必要です。国連機関でのインターンは原則(一部例外はあります)自己負担です。飛行機代や海外保険、現地での衣食住も個人の負担になります。学生であれば、所属する大学によって奨学金を得ることも可能ですし、民間から援助を得ることもできます。更には、最近のトレンドで言いますと、クラウドフォンディングを募ると言うことも選択肢としてはあると考えます。いずれにしても一定の期間を要するため、事前に準備しておくべきです。

 続いてスキル面に関してですが、この質問に関しては私もよく受けておりました。「どのような専門性を付けておくべきですか」という質問は応募する機関やポストにより異なるため一般化することができません。当然、専門性はあればそれに越したことはないですが、ここでは全ての志願者に当てはまるスキルとして「英語」と「Excel」を挙げさせていただきます。

 まず英語についてですが、前述の通り、応募する上でも勤務をする際にも何か特定の資格を取っておく必要はありません。日本の民間企業であればTOEIC800点以上といった条件を定めますが国連機関のインターンに関しては特にそういった資格の提出は不要です。とはいえ、業務を全て英語で遂行するため、高いレベルでの4技能の英語力は要求されます。特にTOEICの勉強を中心的に学んできた学生は早急に話す・聞く練習をするべきといえます。運よく面接で通ったとしても、実際の勤務において会議中に発言ができなければ存在感が消えてしまいますし、上司からの指示が理解できなければ呆れられてしまいます。

 続いてExcelもきちんと使いこなせるようになっていなければなりません。日本人であれ外国人であれExcelを使いこなすことができない学生は本当に多いという印象を受けます(社会人も例外ではありません)。筆者はExcelには、「入力する作業」「抽出する作業」「見せる作業」の3つがあると考えております。とりわけ重要になってくるのは最後の2つ"抽出する作業”と”見せる作業”です。この2つが十分にできるようにならなければ業務として使うことができないため、作業効率が著しく低下してしまいます。この2つを練習するためには、当然ある程度大きなマスターデータが必要です。こうしたデータはネット上でいくらでも入手することができるためぜひ入手してみてください。

 

3. 学生が国連機関でインターンをする意義

 

 最後に、学生が国連機関でインターンをする意義について3つ述べさせていただきます。1つ目は「リスクを取れる立場にある」ということです。この「リスク」とはお金と時間を意味します。前述の通り、国連機関でのインターンは原則個人負担です。そのため、インターンに参加するためには一定の資金が必要になります。運よく返済義務のない奨学金を手にすることができる方もいるかもしれませんが、殆どの方は両親からの援助、または筆者と同じく返済義務のある奨学金を取って賄うことになります。こうしてかかる資金を「負担」として捉えるか、また「投資」として捉えるか、その捉え方が重要になってきます。しかしながら、例え返済しなければならなかったとしても、学生であればかなり低い利息でお金を借りることが可能です。この意味で、リスクが取れる立場にあるのです。また、時間という意味でも学生はリスクを取れます。社会人になると中長期のインターンは退職を意味します。学生であればもちろん勉強もバイトも忙しいと思いますが、とはいえ社会人に比べると自由に使える膨大な時間があります。この意味で、時間を取ってしても、学生はリスクを取れる立場にあるのです。

 2つ目は「学業」についてです。筆者自身、どちらかといえば勉強が好きな学生でよく机に向かって勉強をしていましたので、インターンで費やす時間は机上での勉強ができないことに、インターンでの見返りと机上の勉強との見返りとの便益をしばし比較していました。その葛藤を乗り越えてインターンに参加するという選択を取った結論として、やはり参加してよかったと思うわけです。その考えに至る理由としては、インターンを経験したことによって「自分がどこまで出来てどこまで出来ないのか」「どこまで知っていてどこまでを知らないのか」について自分のレベルを客観視することが出来たからだといえます。そのため、インターンの終わりには、その後すべき取り組みや勉強をしなければならない領域が明確になり、その結果勉強の効率性が上がったためです。この点を挙げても、学生がインターンに参加する意義はあります。

 3つ目は、「国連機関でのインターンの経験は話のネタになる」ということです。これは筆者自身インターンに参加した後にひしひしと感じたことです。国連機関でのインターンの経験というのは誰もができるものではないため、希少性が高く、いろんな方に興味を持ってもらえるということです。学生は、その後全く異なるキャリアで就職活動をしたとしても面接時での話のネタになることだと思いますし、そうした目的で参加するのも筆者は素晴らしいと考えております。実際、こうしてインターンに関する記事を書けているのも、筆者自身がインターンを経験することができたからだと思うわけです。

 

最後に

 

皆様の天分が開花することを願ってやみません。

 

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国際機関で働くということ(前回の付記)

 

 こんにちは。昨晩、「国連機関で働く私が転職を検討するに至った背景」というタイトルで投稿させていただいた記事が思わぬ反響を受けております。現役学生の方から国際協力を生業とする専門家の方まで、幅広い世代の方に記事を読んでいただいております。全ての読者に対し、ここに記して謝意を表します。中には忌憚のないご意見や、「共感した」「国際協力の内実を知ることができた」とのコメントも多く見られ、微力なりにも国際協力を考える素材として前回の投稿が寄与できたのではないかと考える次第です。また、記事を拡散させ、前回の投稿を幅広い世代へと繋げていただいた方々も多く見られました。感謝の念に堪えません。

 

ogrenci.hatenablog.com

 

 前回の記事を投稿する端緒として、国際機関で働くことを志す上での情報の素材が偏っていたこと、別言すると、国際機関で働く際に程度の差はあれ直面するであろう困難な側面に対する検討が十分になされていないのではないかという疑問がありました。それは、国連職員(場合によって広義の国際機関を含む)として働く日本人のマジョリティがマネジメント、いわゆる、専門性の低いセクターに従事していることに起因します。これはどういうことかと言いますと、ひとえに国連機関と言えども多くのセクターがあり、一般的に専門性が高くなるにつれ日本人は生き残れないと言われております(例えば、私が所属するセクターだと日本人が生き残るのは困難だと言われており、それが理由でセクターを変える職員もおられます)。ですので、専門性の比較的高いセクターで働くスタッフの場合、同じ職種といえど、全く異なった意見を持っているということです。この点を挙げて、現場でのリアルな声が偏っており、働く場として国際機関を把握するには十分とは言えなかったと感じておりました。

 また、国連職員をはじめとする国際機関職員が神格化されていたことも理由として上がります。国際協力を考える際、名前だけを見て、響きがかっこいいという理由だけで国連職員を目指そうとする若者が多いという印象を筆者は受けており、国際協力には様々な形で参入できるということを伝える目的でもありました。

 さて、前述したとおり、前回の記事には本当に多くの方々が一読を下さいました。その中で提起されたいくつかの意見や疑問に対し、筆者自身の主張を述べさせていただきたいと思います。また、前回の記事にて筆者の言葉足らずが理由で誤解を招く表現が一部で確認されたため、その点も含め、現時点での筆者の主張を示したいと思います。

 

ーファーストキャリアとして国際機関に入ることについてー

 

 結論から申し上げますと、場合によってはありです。場合というのは、その方の専門性、所属機関、所属セクター、更には勤務地域によってはその選択でも良いというものです。筆者自身、どこからキャリアをスタートさせるかに関して学生時代にはよく考えたものです。その上で、奇跡的にもドンピシャに自分の専門性に合うポストが見つかって、さらにそこに通ってしまったためこの業界でのキャリアをスタートさせることに決めました。この”場合によって”という抽象的な表現を具体化されているのが、同じ業界の大先輩である畠山さんです。筆者の投稿を受けて畠山さんが投稿された記事を一読いただければ、この”場合によって”という言葉の意味が腹落ちすることでしょう。

note.com

 

 二つだけ付記させていただきますと、まず前提として、筆者は計量分析を実務レベルで行うことが可能というだけであって、通暁する専門領域は別にあります。そしてその専門領域は質的な分野であるため、筆者の場合はカントリーオフィスでもよかったのではないかと思う次第です。二つ目は回帰分析表とインフォグラフィックに関するものです。前回の投稿にて「エビデンスベースが重要視される昨今において、むしろインフォグラフィックの専門職員を優先して採用する方向性に疑問がある」と述べました。この点は極端な主張になってしまい誤解を受けるものだったと反省します。分析と考察、そしてそれらをどう啓発する素材として提示するか、分析とインフォグラフィックは両方揃って初めて機能するものです。昨今の国際機関の一次データの取り扱いについては大いに疑問を抱いていたため、このような表現になってしまいました。申し訳ございません。

 しかしながら等ブログに投稿されている内容は共感できる部分が多く特に共感できた部分を引用させていただきますと

・カントリーオフィスの場合、同僚から学ぶ機会がほぼ消滅する。

・途上国では社会人が対面で学ぶ機会が殆どない。

・緊急支援がある国の場合、プロジェクト関連のデータ分析ばかり駆り出される。

・Specialist達のためのデータ分析や、政府のカウンターパートとの仕事がメインになる。

 

これらの意見は正に言い得て妙だと思います。貴重な紙幅を割いていただき、厚くお礼申し上げます。

 

ーデータを取り扱う仕事でスキルを高めたい人間は国連機関には行くべきではないのかー

 

 一般化できる問いではありませんが私はありだと思います。理由は、国連職員でデータを扱える人間はごく稀であり仕事が得やすい。分析可能な二次データは入手可能であり、その後のスキルアップは自分次第と考えるからです。私の知る限り、どの国連機関でも統計を扱う専門のセクターがあります。一方で、それ以外の職員で統計を扱える職員は限りなく稀であり、データ分析の部分だけ統計専門のスタッフや外部に委託しているのが現状です。しかしながら、データを扱えるスタッフはデータ分析には精通こそしていますが、そのデータの考察までする分野の専門性は兼ね揃えておりません。ですので、分野にも精通していて、尚且つ分析もできるスタッフは自ずと稀になり需要は高まります。何を持ってデータ分析ができると言えるのか、につきましては本稿の対象ではないため触れません。

 

ー国際協力がビジネスという捉えられ方についてー

 

 昨今、世界各国の民間企業が途上国に対し国際協力を行なっております。民間企業の場合、全くもって利他主義というわけではないため、やはり、支援先やフォーカスが当たる部分、当たらない部分に顕著な差が出てしまいます。国際機関の活動はその差を埋めるために注がれるべきものであり、民間企業と同じモチベーションで活動することで支援が極端に偏ってしまう、だから国際協力をビジネスと捉えるのはいかがなものか、というのが筆者の主張です。当然、これは動機に過ぎないので結果そうならなければいいのですが、あまりにも旧態依然の無駄な活動が多いのではないかと感じており、各国との忖度が支援の方向性に影響を及ぼしており、警鐘を鳴らさなければと考えました。

 

最後に

 

国際機関で働くことの難しさ、認識との差異を前回の記事を含め2回に渡り縷々に述べさせていただきました。とはいえ、国際機関で働く魅力は非常に多く、この業界でしか経験のできないことは沢山あります。実際に、そうした魅力が凌駕しているところで筆者は現在も国際機関で働いております。よく国際機関で働くには「運の要素が強い」と言われます。確かに、その主張は正しいとしても、それでも入りたいと願う意志と、戦略を持って事前に準備をすることで、国際機関での勤務は全ての人たちに可能性があると強く感じます。表現者は自粛し周囲は矮小する不気味な時代ではありますが、誰でも、何歳でも、身近な人と国際協力について話し合える時間と場所を持てるゆとりが、日本にはできればと願います。

 

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